窓の外を、雲が流れている。
手を止めて、その様子を眺めることがある。
家のこと。庭のこと。器や万年筆、台所の仕込み。妻や娘たちと、これから過ごしていく時間のこと。まだ形になっていないことを考えていると、すぐには答えが出ない日もある。
以前は、何かを決めるなら早く、できるだけ正しくと思っていた。けれど、暮らしの大切なものは、すぐに答えの出なかった時間から生まれることもある。
庭が欲しい、から始まった
私たちの家づくりは、「庭が欲しい」という言葉から始まった。
広いリビングや設備のことより先に浮かんだ願いだった。そのときは、なぜ庭が欲しいのか、自分でもうまく説明できなかった。
家づくりを進めるうちに、窓の向こうに季節があること、土や木が暮らしの近くにあること、家族と外へ出る時間を持つことなど、短い言葉の中にいくつもの願いが重なっていたと分かった。
家づくりでは、間取りや素材、設備、家具、庭について何度も考えた。決めたことを見直したり、予算の中で残すものと諦めるものを考えたりもした。
そうして最後に残ったのは、部屋や設備の名前だけではなかった。朝の光を感じること。庭へ出ること。窓の先の田畑や山を見ること。家族が、それぞれ好きな場所で過ごせること。
家をつくることは、どう生きたいかを、場所や形にしていくことだったのだと思う。
完成したのは、建物だった
家が完成したとき、長く続いた家づくりが終わったように感じた。
けれど、住み始めた家は、完成写真のままではいない。庭の木々は育っていく。季節によって、窓から入る光が変わる。物が置かれ、床や木には暮らしの跡がついていく。
図面を見ながら想像していた場所が、そのとおりに使われるとは限らない。思いがけない場所が、家族の居場所になることもある。
完成したのは建物で、暮らしはそこから始まった。
住んで分かったことや、選んだものが日々にどう馴染んだのかを、これからも記録していきたい。
この場所に残していくこと
てまびよりで書いていくのは、家づくりだけではない。暮らしのなかで、自分が大切にしたいものへどんなふうに時間を渡し、手をかけていくか。その日々を記録していきたい。
家をつくることも、その問いに向き合った経験の一つだった。間取りや素材を選び、何を残して何を諦めるかを考えた時間は、どんなふうに暮らしたいのかを考える時間でもあった。
これからは、庭を育てること、道具を使い続けること、器を繕うこと、麹を仕込んで変化を待つことも書いていく。家の選択や、日々の小さな営みを通して、何に手間をかけたいのか、何は便利さに任せたいのかを考える。
すべてに手間をかけるのではなく、自分にとって大切なものを選ぶ。その選択や迷い、実際にやってみて分かったことを、具体的に残したい。
手間のなかにある時間
「丁寧な暮らし」と聞くと、毎日きちんと料理をし、家を美しく整え、すべてのものを大切に扱う生活を思い浮かべることがある。けれど、余裕のない日もあるし、便利なものに助けてもらう日もある。何もできずに終わる日だってある。
丁寧に暮らすとは、すべてに手間をかけることではないのだと思う。
自分が大切にしたいものへ、ときどき時間を渡すこと。早く答えを出す前に、もう少し考えてみること。目的地へ急ぐ途中で、目に入った景色に立ち止まること。
手間をかけるのに、ちょうどよい日。考えたり、迷ったり、空想したりするのに、ちょうどよい日。
そんな日を、「てまびより」と呼んでみたい。
窓の外では、雲が流れている。
今日は、てまびよりだ。
この話の前後
- オーナーズメッセージの背景:P01「オーナーズメッセージに書いた『庭が欲しい』の、その先」
- 家ができてから:P02「家は完成したけれど、暮らしはこれから」

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